murakamiのブログ

定年退職後の楽しき日々を綴ったエッセイです

母と飲むぬる燗

 八九歳の母は、今年になって骨粗しょう症や変型性腰椎症が一段と進行し、四月中旬老人ホームに入居した。私達夫婦が三十三年前に横浜で家を買ったとき、生まれ育った福井から出てきてずっと一緒に暮らしてきた。横浜に来たとき四歳と一歳だった二人の孫は、大学を卒業して、上の息子は就職して東京で働き、下の娘は結婚して相模原市に住み育児に余念がない。私は三年前に退職した。

各種のホームの中から私は「サービス付き高齢者住宅」を選んだ。賃貸アパートと必要に応じた介護サービスがセットになっている点を評価したからだ。学習研究社が新規事業として取り組んでいるホームである点も決め手だった。経営基盤がしっかりしていると思った。

賃貸住宅なので、入居の際は二か月分の敷金を支払い、毎月家賃五万九千円を支払う。この他に、共益費二万円、サービス費が三万二千円。食費は一日千五百円だから月額四万五千円で、一か月の合計は十五万六千円となる。これに、介護保険によるサービス、自費でのサービスに対する費用、医療費と小遣いが必要となる。介護が不要な間は費用は小さく、介護度が上がるにつれて増加していく。母は現在要介護1なので、介護費で三万円、医療費が一万円、小遣いが二万円、全部で月額二十二万円ほどになる。このタイプのホームは入居金がないというのも売りの一つであろう。その反面、介護度が進むと月々の費用が相当大きくなるリスクがある。

ホームは「学研ココファン愛甲石田」という。少子化で主力の教育雑誌が売れなくなった学習研究社が始めた新規事業である。子供の頃、学習研究社の雑誌を読んで育った人たちが今や七十、八十代になり、学研のホームに入居して余生を過ごす、まさに揺りかごから墓場までという図式である。ココファンとは、<font face="Century">comfortable</font>(快適な)、<font face="Century">conversation</font>(会話)、<font face="Century">fun</font>(楽しみ)などの言葉を合成したものだ。既に全国で四十二の事業所を展開している。

ココファン愛甲石田は昨年九月に事業を始めた。総戸数は四九戸であり、母は二十五戸目として新築の部屋に入居した。半分の部屋はまだ入居者募集中である。四階建てのホームの真横に「石田子安神社」という大きな神社がある。見学にきた時、立派な神殿と数百年の樹齢を感じさせる緑ゆたかな鎮守の森が気に入り、直感的にこのホームはいいと思った。

ホームに入ると決めた後、母は住み慣れた家族と離れることに大きな淋しさを感じ、何度も泣いた。この寂しさやストレスで、認知症を発症しないだろうかと大変心配した。入居後は、なかなか親しい友人が見つからず、こころもとないと言っている。卒寿を目前にしての大きな環境変化になじむには相当な時間と忍耐が必要だろう。

入居した日、私は食堂で母と夕食を摂り、風呂に入って、同じ部屋で眠った。老人ホームの知識がまったくなかった私は、いきなり老人ホームそのもので生活し、日本の高齢化社会を身を以て体験している。食堂で食事している人たちは、平和で静かな生活を送っている反面、親しい家族と離れて、どことなく孤独な雰囲気がする。

その後も頻繁にホームに足を運んで問題解決に取り組んでいる。これからお世話になるお医者さん探しも大変だ。横浜では、内科・眼科・皮膚科・整形外科・歯科など、自宅から徒歩十分前後のところに診療所が集積していた。母はなんとか歩いて通院していた。しかし、愛甲石田ではそうはいかない。医院は非常に分散している。ホームに常駐しているケアマネージャーに評判のよい医院を教えて貰い、母を連れて一軒ずつ医院詣でをしている。今後は、通院の際は私が連れていくか、ホームにタクシーを呼んで貰って通院することになる。医院の予約やタクシー手配など、ホームと連携して私がすべてマネージメントすることにしている。

母の要望にひとつずつ丁寧に対応していくにつれて、漸く落ち着きが見られるようになってきた。入居している方のことも少しずつ分かってきたようだ。依田事業所長、佐藤ケアマネを初めとするスタッフは実に親身に、かつてきぱきと世話をしてくれている。私もやっと人心地つけるようになった。

今日はソファ二脚とテーブルが届いた。これまではホームの椅子を二脚借りており、テーブルはなかった。部屋にテーブルがあると格段に落ち着いた雰囲気になる。母は早速テーブルで電話番号の整理を始めた。部屋で過ごす時間が楽しく、快適になって貰いたいと願っている。

家からホームまでドアツードアで丁度一時間かかる。母を訪ねて小田急小田原線で海老名から愛甲石田に向かうとき、なぜかとても楽しい気分になる。建物が集積している風景が突然、広々とした近郊農場に変わる。夕食を一緒にするときは、近くのスーパーで地魚の刺身を買っていく。地魚を肴に、母と日本酒のぬる燗を飲む。「おいしい」。母は慈しむように日本酒を飲む。老人ホームで酒を酌み交わしていいものだろうか。ホームの料理はしっかり出しを取り、うす味で本当においしい。一段と私の酒が進む。

母が眠っている時、私はすわり心地のよいソファにもたれて読書を楽しむ。キャリーバッグでいつもパソコンを持参しているので、ヘッドフォンでパソコンから音楽をきき、様々なファイルを開いてキーボードを叩く。なんと幸せな時間だろう。人生の最後を過ごしている母の居室が、私には、ささやかな新しい別荘と思えている。

母の介護はこれからますます困難の度合いを増すだろう。私にも大きな試練の場となる。耐えられるかどうか自信はない。ココファンの皆様のサポートを頂いて、受け身ではなく、早め早めの対応をしていきたい。母の介護を始めて、私自身の明日の姿を見ている。それは決して遠い将来のことではない。文字通り「明日」のこととしか思えない。母に、より充実した楽しい日々を送って貰えるよう、こまめに手紙を送り、電話をかけ、できるだけ数多くホームを訪問していこうと思っている。来年の春は、飛び切り旨い日本酒を用意して、母と共に子安神社の桜を心行くまで楽しみたいものだ。(二〇一三年)










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