murakamiのブログ

定年退職後の楽しき日々を綴ったエッセイです

クリームスープ

 台所で包丁を握るようになってかれこれ十年ほどたっている。最初は大人のままごとのようなもので、鯵の干物を焼いたり、スーパーで買ってきた刺身のさくを単に切って並べて喜んでいた。四年前退職した後、たまたま妻が保育士資格をとって働き始めたこともあって、本腰を入れて料理をするようになった。

 料理本を開いて夕食のメニューを考える。おいしそうで、簡単な料理を探す。肉じゃがは作り方は簡単だが、とてもおいしく出来る。玉ねぎはくし型に切り、にんじんは乱切りにする。じゃが芋は一口大に切って水にさらして水気をきる。煮る前にすべての材料に牛肉を加えてオリーブオイルで炒めるのが美味しさを引き立たせるコツのようだ。


麻婆豆腐もよく作った。材料はと見ると、豚ひき肉、絹ごし豆腐、生しいたけ、ねぎ、にんにく、しょうがと、大部分は冷蔵庫にあった。ところが、豆板醤と甜麺醤という調理用みそが必要と書いてある。冷蔵庫を探すと豆板醤の入ったびんはあったが、甜麺醤はない。急いでスーパーに買いに行った。レシピを見ながら、にんにく、しょうがなどを切り刻み、フライパンで炒め、最後は煮立てて、おいしい麻婆豆腐が出来た。



 八宝菜は、豚もも肉、えび、いか、白菜、玉ねぎ、にんじんなど多種類の食材を使う。レシピ通りに調理すると、我ながらほれぼれするほどおいしくできる。妻がおいしいと言って食べてくれるととても嬉しくなる。



 こんな風に、二日、三日なら楽しい楽しいでやっていける。しかし、毎日となると夕食に何を作ってよいかなかなか決まらなくなってきた。ハンバーグにしようか? いや、それは三日前に作ったばかりだ。てんぷら? 昨日も揚げ物だったから今日はあっさりした料理がいい。鯖のみそ煮はどうか? 脂ののった鯖がスーパーにあるかどうか。他に何かいい料理がないかとレシピ本を開いてみると、とんでもない食材、調味料が必要だと書いてある。これでは話にならない。料理の他にやることがあって時間がない時など、あれかこれかで思い悩み、立ち往生してしまう。包丁を握る前に悶々と苦しむことが多くなってきた。目の前に堅固な壁が立ちはだかっているような気すらしてきた。

 

 そんな時、学校の時間割のように毎日のメインディッシュをあらかじめ決めておいたらどうだろうかということを思いついた。レシピ本をひっくり返しながら、あまり手間のかからない料理をピックアップして、一か月三十一日の月間献立表を作ってみた。一日、マーボー豆腐、二日、切干し大根、三日、里芋煮、四日、茶わん蒸し、五日、炊き込みご飯といった具合である。これを一覧表にしてプリントし手帳に挟み込んだ。



 午後二時頃、そろそろ夕飯の支度をせねばと一覧表を開くと、今日は「いかと大根の煮物」となっている。冷蔵庫を覗くと、二週間ほど前に買った大根の残りがごろんと横になっている。そろそろ消費してしまわねばならない時期で丁度いい。夕方スーパーに行っていかを買ってこよう。明日のメニューを見ると「ぶりグラタン」となっているので、ぶりが売っていたらついでに買ってくることにしよう。



 月間献立表の十七日は「岸本葉子クリームスープ」となっている。私の大好きなエッセイスト、岸本葉子の『根菜ごはんのすすめ』(昭文社、二〇〇八)で紹介されている料理である。じゃがいも、にんじん、玉ねぎ、生しいたけをそれぞれ一・五センチ角のさいころ状に切り、これにだし昆布を入れ、かぶる位の水を加えてことこと煮る。野菜が柔らかくなったら塩を適量加える。豆乳を一カップ入れて煮立ち始めたら火を切り、オリーブオイルを大さじ一杯加えて出来上がる。野菜だけの実に簡単な料理だが、肉を使ったスープにまったく引けを取らない。岸本さんの解説によると、これはじゃがいものうま味のせいなのだという。

「これはうまいわねぇ。上出来。体が喜んでいる感じ」

妻から最上級の褒め言葉が口をついた。香りよく本当にクリーミーで心から温まるスープで、今やわが家の定番料理になっている。



 献立表を作ってからメニューに悩むことがなくなった。でかけて横浜そごうなどの近くに行った時は、食品売り場に立ち寄り、献立表を開いて、この先数日間のメニューを見ながら必要な食材を買うことにしている。毎日のメニューに悩む心配がないので、この頃ではかえって余裕が出て、違うメニューを作るゆとりまで生まれてきた。



石の上にも三年という。包丁を握り、エプロンを着て十年、少し料理の腕が上がってきたようだ。包丁で手を切らないように気をつけながら、料理を楽しみ、家族との団らんを過ごしたい。その内、友人を招いて腕を披露するのが目下の夢である。